大判例

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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)2957号 判決

原告

海上則子

外二名

右三名訴訟代理人

大竹謙二

被告

駒形産業株式会社

右代表者

駒形銀平

右訴訟代理人

藪下紀一

高沢正治

右訴訟復代理人

佐伯修

主文

1、被告は原告則子に対し金一三万円、原告知子に対し金一万円および右各金員に対する昭和四二年四月八日から右支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2、原告則子、および原告知子のその余の請求ならびに原告晴安の請求を棄却する。

3、訴訟費用中原告晴安に生じた分は同原告の負担とし、その余の部分は五分し、その二を被告のその三をその余の原告らの負担とする。

4、この判決は原告ら勝訴部分にかぎり、かりに執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告ら訴訟代理人は「1被告は原告則子に対し金三五万九二〇〇円、原告晴安に対し金一一万七六〇〇円、原告知子に対し金五万円および右各金員に対する昭和四二年四月八日から右支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。2訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

二、被告訴訟代理人は「1原告らの請求を棄却する。2訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求める。

第二、原告らの請求原因

一、昭和四〇年八月五日午前六時四五分ころ、埼玉県大宮市桜木町四丁目二四二番地先国道において、訴外吉村治芳はその運転する大型貨物ダンプカー(以下加害車という)を原告則子の運転する普通乗用車(以下原告車という)に追突させ、原告則子に頭部外傷、躯幹打撲の、原告車に同乗の原告知子に全身打撲の各傷害を負わせた。

二、被告は各種石灰、ドロマイトプラスター、砕石、割栗石、砂利、砂、炭酸カルシユームの生産販売、一般土木工事の請負等を事業の目的とするものであるが、事故当時訴外吉村治芳を使用し、その業務の執行のため栃木県阿蘇郡葛生町の採掘現場から仕事場へ砂利を運搬させていたものである。なお被告は吉村治芳が被告の積荷を運搬中本件事故をおこした事実を自白したが、これを取消すというも、取消に異議がある。

よつて被告は本件事故につき吉村治芳の使用者としての責任がある。

三、(一) 原告則子の損害

1  通院交通費五万九二〇〇円の、自宅から都内新宿区の晴和病院への通院三三回分の自動車、国電運賃、

2  慰藉料三〇万円、原告則子(昭和一九年一月一七日生)は本件事故によつて第一項掲記の傷害を受け、その治療のため、事故当日から翌九月二七日まで入院し、その後翌四一年二月一八日まで通院した。

その慰藉料

(二) 原告晴安の損害

保育手伝費、一一万七六〇〇円。原告知子の保育のため昭和四〇年八月六日から同年一一月一〇日までの間手伝を雇い、これに支払つたもの

(三) 原告知子の損害

慰藉料五万円

原告知子(昭和三八年二月二二日生)は本件事故によつて第一項掲記の傷害を受け、一週間の治病を受け、その後も事故の恐怖におびやかされ、長く夜泣き等におそわれ、鎮静剤の服用を継続し、ようやく平静に帰したものでその慰藉料

四、よつて被告に対し原告則子は前項(一)の合計金三五万九二〇〇円、原告晴安は前項(二)の金一一万七六〇〇円、原告知子は前項(三)の金五万円および右各金員に対する訴状送達の日の翌日である昭和四二年四月八日から右支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三、被告の答弁

一、請求原因第一項の事実中事故の発生は認める。その余の事実は知らない。

二、同第二項の事実中、被告がそのような事業を目的とするものであることは認める。被告が訴外吉村治芳を雇用していたことは否認する。

吉村治芳は自己の計算にて加害車を保有し運送事業を営むものである。なお吉村治芳が被告の積荷を運搬中本件事故をおこした事実を認めたが、これは事実に反し錯誤により認めたものであるからこれを取消す。

三、同第三項(一)ないし(三)の事実は否認する。

第四、被告の抗弁

昭和四〇年一〇月二九日原告則子と吉村治芳との間に吉村治芳は同原告に対し既に支払つた二七万五〇〇〇円のほか、一八万円の慰藉料を支払うこととし、その余の請求はしない旨の示談が成立した。そして吉村は同原告に対しうち金五万円を支払つたところ、吉村が受領することとなつていた強制保険金が同原告に直接保険会社から三〇万円支払われ従つて示談は履行済となつた。原告則子は原告知子の母でかつ原告晴安の妻であり右示談は原告知子および原告晴安の立場をも含めてなされたものである。従つて原告らはもはや訴外吉村に対し何らの請求権はなく、従つて被告に対する本訴請求も失当である。

第五、右に対する原告の答弁

被告主張の抗弁事実中、原告らの身分関係、訴外吉村治芳と原告則子との間に示談が成立したこと吉村が同原告に対し五万円を支払つたこと、原告が保険会社から強制保険金三〇万円を受領したことは認める。その余の事実は否認する。しかし強制保険金は入、通院による治療費とその間の一日金一〇〇〇円の休業補償として支払われたものである。

第六、証拠<略>

理由

一(事故の発生)

請求原因第一項中、本件事故が発生したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によると、本件事故により原告則子は頭部外傷、躯幹打撲の傷害をうけ、原告知子は助手席から後部空席にまで飛ばされ、一時神経過敏になつたことが認められる。

二(被告の責任)

被告が各種石灰、ドロマイトプラスター、砕石、割栗石、砂利、砂、炭酸カルシユームの生産販売、一般土木工事の請負等を事業の目的とするものであることは当事者間に争いがない。

被告は訴外吉村治芳が被告の積荷を運搬中本件事故をおこしたものであるとの原告の主張を一旦認めたが、これは事実に反し錯誤に出たものであり、これを取消すと主張するので判断する。証人吉村治芳の証言中には同証人は当時被告の積荷を運搬中ではなく、訴外三好礦業株式会社の仕事をしていたとの証言があり、また証人大貫忠一の証言中、同趣旨の証言があるが、証人江口徹の証言と対比すると右証言によつて右自白が事実に反するものとは認め難く、他に右自白が真実に反したものであることを認めるに足りる証拠はなく、また、これが錯誤に出たものであることを認めうる証拠もない。

そうとすると、被告の右自白の撤回を許すことはできない。

<証拠>によると、吉村治芳はアパートに住み、被告の社員ではないが、自己の計算でダンブ自動車を所有し運搬を業とし当時その所有する車の車体に駒形産業と書き入れ被告の仕事を専属ではないがしかし一ケ月のうち一五日ないし二〇日間くらい継続的にし同人の仕事の五割は被告の仕事であり、その賃料は毎月末に締切られ、翌月に支払われていたこと、被告はダンプの大型車四台、四トン車二台、平ボデー車一台を所有し、ほかに吉村のように自己の所有車を持ち込んで運転する者の車を一日平均四〇台使用して大規模に事業を行つていることが認められる。

右事実によると、吉村治芳は被告の社員ではなく、自己の計算で運送を業としているがその力関係からして被告の積荷を運搬中は被告の指揮監督下において被告の業務の一環としてその砂利等の運送に当つていたものと認められ、同人が被告の積荷を運搬中であつたことは被告の自白するところであることは既に指摘したところであるから、被告は本件事故について民法七一五条にいう使用者としての責任を負担しなければならない。

三(損害)

(一)  原告則子の損害

1  通院交通費

<証拠>によると原告則子は本件事故により大宮赤十字病院に五七日間入院したのち、約四ケ月間都内新宿区の晴和病院に三三回通院したこと、自宅から大宮までハイヤー五〇〇円、大宮から秋葉原まで国電九〇円、秋葉原から病院までハイヤ二〇〇以上合計片道七九〇円費したことが認められる。

そうすると三三回分では五万二一四〇円となる。原告則子の請求中右金額をこえる部分はこれを認める証拠がなく失当である。

2  慰謝料

<証拠>によると、原告則子は昭和一九年一月一七日生で事故当時二一才の女子であり自動車の運転を業としていたが、本件事故により一時意識を失い、当日から翌九月二七日まで入院し入院中は目まいと右腕のしびれがあり、退院時には目まいはしなくなつたが右腕のしびれが残り、翌四一年二月一八日迄通院して加療を受けたこと、そして同年七月ころから自動車の運転を少しづつしていること、現在もしびれは完全にはとれず、物忘れすることがあることが認められる。右事実によると原告則子の慰謝料としては三〇万円が相当である。

(二)  原告晴安の損害

<証拠>によると、原告知子は昭和三八年二月二二日生で事故当時約二才半の女子であるが、原告知子の世話をしていた原告則子が約六ケ月間入院し、また退院後も約一ケ月半あまり体の具合が悪かつたので、原告則子の夫である原告晴安(身分関係は争いがない)はその間知子の保育手伝を雇い、昭和四〇年八月六日から同年一一月一〇日までの賃金として一一万七六〇〇円を支払い同額の損失を受けたことが認められる。

(三)  原告知子の損害

原告知子は前記認定のとおり原告車に同乗していたが本件事故の際助手席から後部座席までとばされ、そのため神経過敏となつたのであるが<証拠>によると同原告は昭和四〇年九月三日から九月二一日まで通院し加療を受けたことが認められる。右事実によると同原告の慰謝料として一万円が相当である。

四(示談の効力)

(一) 昭和四〇年一〇月二九日原告則子と訴外吉村治芳との間に、吉村治芳は同原告に対し慰謝料として一八万円を支払うこととし、その余の請求はしない旨を約し、その後吉村は五万円を支払つたことは当事者間に争いがない。

一般に被用者と被害者との間に示談が成立した場合、その効果が使用者に及ぶかどうか問題のあるところであるが、被用者と使用者との間の支配従属関係の強い、いわゆる典型的な使用者責任の場合には、両者間において被用者の負担すべき部分が小さい場合もあり、被害者が使用者に対して請求するを妨げないとみるべきであろうが、被用者とはいうもののその独立性が強く、その間の支配従属関係が弱い場合にあつては、使用者の負担部分はなく、ただ被害者に対する関係において被用者の債務を補充するにすぎない場合が存在し、かかる場合にあつては、被用者に対して示談をした場合には使用者の責任もその範囲に限縮されるものと解するを相当する。

然るに前記第二項認定の事実からすると、本件における訴外吉村と被告との関係は、まさに右後者の事案に該当するものであるから、従つて訴外吉村と原告則子の示談は、原告則子の被告に対する請求に影響を及ぼすものである。

よつてその示談の内容を検討するに前に説示したように慰謝料一八万円で円満解決というのであるが、原告車の修理代一四万九〇〇〇円を吉村が負担したとする乙第七号証のほかには、治療費、休業補償などを吉村が負担していると認められる証拠はないこと、および強制保険について特に話し合いがされたと認める証拠もないことからして、治療費、休業補償などは強制保険でまかなうことにし、慰謝料を一八万円とし、その余の請求を放棄する旨のものであると解するのが相当である。もつとも強制保険金が原告則子に三〇万円支払われたことは当事者間に争いがないが、これが慰謝料を含むものならば、その支払により吉村の右一八万円の債務も減少するものと解する余地もあるが、証人海上美乃の証言および原告則子の本人尋問の結果によると、保険金三〇万円の内訳は入院治療費が二四万円、原告則子の月収は月三万円でありその二ケ月分六万円の休業補償とであることが認められるのであつて、保険金の支払が吉村の債務に充当されたとは認めることはできない。証人吉村治芳の証言(第一回)中には、右と異る旨の証言もあるが、根拠は明確でなく、保険請求手続を自ら行つた海上美乃の証言を覆えすに足りるものではない。

そうとすると、吉村は原告則子に対し一八万円から五万円を控除した一三万円の慰謝料債務があることになる。

(二) 次に右示談が本訴に及ぼす影響を以下に考察する。

(1) 原告則子の本訴請求は、同原告と訴外吉村との示談により、第三項(一)1、の通院交通費は放棄され、同(2)の慰謝料は残額一三万円であると認められる。

(2) 原告晴安の損害について考えるに、これは原告則子の負傷に起因する保育手伝費であり、かつ、原告則子自身収入をえているのであるから、その費用負担者は原告則子になるとも考えられるところゆえ、同人の損害についてはやはり訴外吉村との示談によつてこれを放棄しているものに入ると解するのが相当である。

(3)  原告知子の損害について考えるに、原告知子は原告則子の子であるが、<証拠>には何ら原告知子が当事者として表示されず、またその損害は慰謝料であることを考えると、右示談において原告知子がその代理人によつて慰謝料を放棄しているものとは認められない。

そうすると、原告則子、同知子の本訴請求は被告に対し、原告則子において金一三万円、原告知子に対し金一万円、および右各金員に対する訴状送達の日の翌日であることを記録上明らかな昭和四二年四月八日から右支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるのでこれを認容し、同原告らのその余の請求および原告晴安の本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条を仮執行の宣言について同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。(浅田潤一)

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